トランボの個人的矛盾にアメリカを見る - トランボ ハリウッドに最も嫌われた男(2016)レビューと解説(ネタバレあり)




未鑑賞の方は、ネタバレなしの作品紹介記事をご覧ください。

ハリウッドにとってのマッカーシズム・赤狩りとは?

映画、というかあらゆる表現・創作と政治は常に切り離せないものとしてあります。芸術作品としての現代映画の成立に対して多大な功績を残したD.W.グリフィス監督の代表作『國民の創生』(1915)は、一方で悪名高き差別思想映画とも評価されています。大戦期には多くのプロパガンダ映画が作られましたし、ナチスのファシズムへの強い危機感から制作されたチャップリンの名作『独裁者』(1940)も、明確なアンチ・ファシズムという点(政治的メッセージ性)において避けがたくプロパガンダ的側面を持っています。

ハリウッド映画のこうした側面について述べた著作としては、映画評論家・町山智浩さんの『最も危険なアメリカ映画』があります。映画とプロパガンダの関係は「過去の出来事」などでは決してないのだ、ということがよく理解できます。

また、ハリウッド史上の大事件であり、現代に至るまでの逃れ難いトラウマとして、いわゆる「赤狩り」(反共産主義運動)の記憶があります。1940年代後半、冷戦の気運高まり共産主義弾圧の空気が色濃くなる中、ハリウッドでも共産主義者の吊るし上げが起こりました。ハリウッド内の保守派を中心に作られた「アメリカの理想を守るための映画同盟」は「下院非米活動委員会」の共産主義者弾圧に全面的に協力したのです。この同盟には、当時のアメリカの象徴的スター俳優のジョン・ウェイン、のちに大統領となるロナルド・レーガン、さらにウォルト・ディズニーらも参加していました。

表現の自由、思想・信条の自由などの擁護者・体現者たるべき映画人たちがこのような動きに大きく加担してしまったことは、ハリウッド映画界に大きな傷として残っています。この頃の事情を描く映画ものちに多く作られており、『追憶』(1973)『ウディ・アレンのザ・フロント』(1976)『真実の瞬間』(1991)『グッドナイト&グッドラック』(2005)など各年代に繰り返しテーマとされています。

『波止場』(1954)『エデンの東』(1954)などで知られるエリア・カザンという監督がいました。彼は晩年にアカデミー賞名誉賞を受賞しましたが、この表彰式では何人もの映画人が起立をしない・拍手をしないという異例の抗議を行いました。カザンは赤狩り時代に「下院非米活動委員会」に召喚され、圧力の中で自らの嫌疑を否定するため11人の映画関係者を共産主義者(の疑いあり)として報告していたのです。この行為が「仲間を売った」ものとみなされ、彼が明確に謝罪を表していなかったこともあり、彼の受賞を認めないという立場をとる者がいたのです。

カザンの証言は1952年のことでしたが、この授賞式はなんと1998年の出来事です。半世紀近く経ってもなお、赤狩り時代のトラウマは影響していたのです。現在に至るまで、ハリウッドではアメリカ二大政党のうち共和党(保守)よりも民主党(リベラル)の支持が強い傾向にありますが、赤狩りの記憶はここにも影響しているといえます。

(ただし、カザンの懺悔の思いは、まさに前述の『波止場』『エデンの東』をはじめとする作品群から様々な形で読み取ることができます。)


共産主義はどう描かれていたか?

このような歴史を経たとはいえ、ハリウッドはべつに共産主義的というわけではありません。問題は共産主義かどうかということではなく、背後にある思想を理由に表現が規制され個人が弾圧される、という自由主義に反した状況なのです。『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』もまた、そのような状況自体を批判する作品となっています。

すなわち、この映画において共産主義思想そのものはほとんど描かれていません。唯一見られるのは、ダルトン・トランボ(ブライアン・クランストン)が幼い娘に対して問いかける場面です。「学校でお弁当のない子がいたらどうする?」娘は「分けてあげる」と答えます。「分けてあげるの?『 働いて稼いで食べ物を買え』と言わずに? それじゃあ君も立派な共産主義者だな」と笑顔のトランボ。

子ども向けの説明という事情もありますが、この「共産主義」についての説明はあまりにも単純だし、一面的で、また理想主義的です。多くの共産主義者はそうした共産主義的理想に共鳴してその思想を持つに至るのですが、では共産主義の国々では何が実際に起こったかというと、それは夢物語とは程遠いものです。スターリン、毛沢東、ポル・ポトらがどれだけの数の無辜の人々を殺したか、ということは改めて述べるまでもないでしょう。

べつに共産主義を批判したいというのではありません。そうではなく、ここでのトランボはどこまでも純粋に共産主義の理想を信じていて、しかしその様子を客観的に眺めるときわめて欺瞞的に見える(共産主義の問題点を踏まえて見ると、幼い子どもを騙して・洗脳しているようにさえ見える)という表現がなされているということです。つまり、決して共産主義を一面的に賛美したり非難したりしない、重層的な表現になっていることを指摘したいのです。この映画の公開時、アメリカでは一部から「共産主義を賛美している」という批判の声が上がったようですが、これは映画を読み解けていない(実際に鑑賞したかも怪しい)虚しくも的外れな批判といえるでしょう。


トランボの抱えた矛盾?

トランボは共産主義の理想を信じる者として、いわゆる「アメリカ的なるもの」に対立します。ここでトランボと対置されるのは、スター俳優ジョン・ウェイン(デイヴィッド・ジェームズ・エリオット)です。「アメリカの理想を守るための映画同盟」の議長も務めた彼は、実際に演じてきた役柄も悪を倒すカウボーイ、マッチョなガンマンといったタイプの英雄ばかり。まさにミスター・アメリカです。

トランボ視点の物語ですから、この映画においてジョン・ウェインはコケにされます。彼はトランボに、英雄ヅラをしていながら第二次大戦でまともに従軍していなかったことを皮肉られます。また、トランボが放り込まれた刑務所で上映されたのは、(本当は戦争に行っていない)ウェインが悪いジャップを蹴散らす映画(実在する映画でしょうが、タイトルはちょっとわかりませんでした)。盛り上がる黒人の囚人仲間に「ジョン・ウェインに会ったことあるのか、どんな奴だ?」と問われ、トランボは一言「君の好きそうな男だよ」。日本人に対しての差別的な表現に対し、黒人が「アメリカ人」として盛り上がることの皮肉です。ちなみに、トランボは激戦地・沖縄で従軍記者をやっていたと述べています。

ところが、のちにトランボ自身も極めて「アメリカ的」な部分を見せることになります。それは保守的なアメリカ人がしばしば是とするところの「父権主義」。トランボは困難な状況の中でも家族を養おうと猛烈に働きます。しかし、仕事に埋没していく中でどんどん家庭を顧みなくなっていきます。彼は絶対的権力者として家庭に君臨し、家族に指図をして働かせます。娘の誕生日にも「そんなことで仕事の邪魔をするな」と怒鳴りつけ、彼女を泣かせてしまいます。マッチョな父権主義とは少し違いますが、トランボの場合は極めて神経症的な父権主義を発揮してしまうのです。

ただし、この後彼は家族と和解します。家庭の中で、彼は自らの誤りに気づきそれを正していきます。同時に、ハリウッドもまた自らの誤りを正す方向に動いていき、ついにトランボの名誉回復に向けて状況は変化していきます。


現代にも通用するメッセージとは?

2017年、ドナルド・トランプが大統領に就任しました。数々の過激な差別発言で物議をかもし続けるトランプはアメリカ第一主義を掲げ、その支持者・不支持者たちは今も激論を、場合によっては物理的な衝突をも繰り返しています。どのような形であれアメリカが変わりゆくことは間違いなく、世界がその動向を注視しています。『トランボ ハリウッドにもっと嫌われた男』を見て、そうした現代の世界情勢に思いを向ける方も多いでしょう。

「アメリカのアメリカ性」を守るための他者排除、多様性の否定ということを考えれば、ダルトン・トランボを弾圧した側にドナルド・トランプが重なってくるのは自然なことでしょう(保守・共和党の側でもありますし)。その一方で、多くの人が予想しなかった「トランプ当選」という事実を考えれば、そう単純に重ね合わせることも難しく感じます。

下馬評では圧倒的にヒラリー・クリントンが優位だったにもかかわらずトランプが勝利したというこの結果に対しては、「隠れトランプ支持者」が多かったのだという指摘もなされています。すなわち、トランプなどという「不適切な人物」を支持することは口にもできないという状況があった、そこには「ポリティカル・コレクトネス」の無言の圧力があったという意見もあります。それゆえ、多くの人がトランプ当選を予想できなかったのです。

トランプが正しいかどうかは別として、自由の国の「政治的正しさ」が自由な発言を阻害するということは、皮肉なねじれ現象です。この映画のアメリカ公開時(2016年、大統領選以前)、「本当はトランプ支持なのに口に出せない」という人の中に、ダルトン・トランボにその点で共感を抱く人もいたとしても不思議ではありません。そうなると、これは奇妙な転倒現象です。イデオロギーにかかわらず、「意見を大っぴらに口にできない」ということが抑圧や混乱を呼ぶということは、現代に至るまで大きな問題として残り続けているのでしょう。

ヴォルテール(異説あり)の「私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という名言があります。この映画のテーマは、今もこの世界の様々な場面に欠如しているこの態度の大切さを描くことだった、と言ってもよいのではないでしょうか。

なお、主演のブライアン・クランストンは、多くのハリウッド俳優たちと同様、明確にトランプ不支持を公言していました。彼が当選したらカナダに移住するとまで述べていましたが、どうなってしまうのでしょう。


蛇足(その他の下世話な話)

今回は「脱ぎっぷりのいい俳優」ブライアン・クランストンについて。脱ぎっぷりに関しての彼のイメージは、個人的には美人女優シャーリーズ・セロン(『モンスター』(2003)『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)など)と張るレベルです。傑作ドラマ『ブレイキング・バッド』では、彼の演じるウォルター・ホワイトはシーズン1のド頭からいきなりブリーフ一枚で登場し、視聴者の度肝を抜きました。その後もウォルターは、ことあるごとにやたらと裸体を晒していたように思います。


そしてクランストンは、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』でもやはり脱いでいます。刑務所に収監されるシーンでもそうですし、またトランボにはバスタブの中で執筆するという妙な習慣があるため、その場面がたくさん登場します。おっさんの裸体など興味ある人は多くないでしょうが、なにしろ『ブレイキング・バッド』に愛着がある方にとっては、情けなく裸を晒している彼の姿は妙な懐かしさを覚えるものだったかもしれませんね。 

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